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しんぼる

しんぼる観ました。
はじめのほうは笑って、途中から腕組み、最後のほうは2、3回すげーと気がつくと言ってました。
観てて途中腕組みしたのは、他には黒澤明の羅生門だけ。


例えば、
あなたが想像する、きを、表現しなさい。
と言われて、
画用紙に横に線を引き1本の木を描く、
2本の木を描く、
葉っぱが生えてる木を描く、
上から、
横から、
地面から、
虫の視点、鳥の視点、木に生えてる葉っぱの視点から、
木は水が無いと生きていられないからと、木の側に川も描く、
川は海に繋がってるから、木と川と海を描く、
それらって地球にしか無いらしく地球は宇宙がないと地球だとわからないから、宇宙に地球と木と川と海を描く、
太陽がないと生命はありえないだろうから、太陽も。
描く道具は筆じゃなくてもよくて、砂や布や紙を貼付けてもいい。
みんながソッチに行きだしたら、あえて、画用紙に横に線を引き1本の木を描いたり。

あなたが想像する、きを、表現しなさい。なので、
目の前にある、きを、表現するのではなく、想像した、きを、表現する。描かなくてもいい。から、体全体で表現する。
きー!と叫ぶ。
踊る。
き、は、木でも気でも機でも期でも器でも喜でも黄でも、もっといろいろなので、
そのどれかを想像して、きを、表現する。
またはそれらを組み合わせて。

あなたが想像する、きを、表現しなさい。だから、
1日中やってる。
一瞬だけやる。
信号待ちをしてるときにやる。
みんなが見ていないところでやる。
街のでっかいモニターを使う。
駅のホームで突然やる。

などなど、もっともっといろいろなんでも。


これが、
あなたの目の前にある木を見て描きなさい。
になると、とたんにとんでもなく狭まる。かなり限られてくる。
けどだからこそ、誰にでも伝わりやすくなる。
効率化されスピード化され、誰にでもわかりやすくなる。


純粋な表現のフィールドではそういったことをやりつつ、
さらには、興行などを考慮して、
スポンサーや映画に携わった人達の生活の為にも、ある程度の観客動員でそこそこは利益を生むものにする。

ただ、あまりに興行のことを気にし過ぎると、純粋な表現を著しくおかしてしまう。
つまらない味気ないものになってしまわないように注意しつつ。


松っちゃんは音楽の分野は苦手なんじゃなかろうか、と、ところどころリズムに対する鋭さを感じてはいながらも、かねがね実は思っていたのですが、今回でそれすら過去のことだったことを知る。
もし音楽をやってたら、たぶん、
坂本龍一やエイフェックス・ツインや山塚アイ、ドビュッシーやモーツアルトらそのあたりと常に比べられるくらいになってたのかも。
ケーキをやってりゃピエール・エルメ、
スポーツは嫌いらしくちょっと分野が違いすぎるかもしれないけどもし野球だったとしたらイチロー、
絵を描いてれば、やっぱピカソ、ゴッホ、岡本太郎ら。

学問としてのではなく、実践経験から得た心理。
当然哲学。
思想。


これは映画館で観るのが絶対いい。
大画面で大音量でぜひ。
他の人と笑うポイントが違うとか、なかなか笑えないとかは、全然気にする必要なし。
全部自分ので。
チケットを買うと、しんぼるタイムズっていう、僕のは9月19日号を貰えたのですが、
ひょっとしたらしんぼるを楽しめないかもしれないと心配になったら、
倉本さんが書いてるしんぼるの見方を頭に入れて。
しんぼるレビューは、EXILEのはまあ気にせず、
NIGOとセインカミュと板尾のを参考にして、
なにより、
松っちゃん自身が、主演は自分じゃないほうがよかった、と言ってたのを変に歪めずそのまま受け取って、
あそこにいるのは自分だ。
と思って観れば、相当おもしろい映画になるはず。
久々にドキドキしながら観てた。
観終わったらスッキリ。なんともいえない爽快感。
おもしろい、ってのもいろいろある。
あはは!だったり、うーん。とうなったり、それとそれを!?とか、こうきたのにそっち!?とか、
リズムが、
ポーン、ポーンときてたのに、バッ!ときて、バーン!!かと思いきや、もういっこバッ!をはさんでの、さらにバッッ!でバーン!!とか。
とにかくいろいろ。

これを観てしまうと、大日本人は相当照れがあったんだろうな、と思えた。
しんぼるはスッキリ。
そうだよ。それでこそ。と。
松っちゃんってほんっとMだなぁ。
そういえば、なにかで、が〜まるちょばを見てえらく感心してたっけ。
吸収力が半端じゃないな。一瞬で理解してなにかをつかむんだな。
テレビで全力を発揮出来ないはずだわ。テレビじゃキャパが足らな過ぎる。


しんぼるが名作傑作なのかはわからないし、
まず大ヒットするはずがない。
もし大ヒットしたとしたら、それはこの映画自体とは少し違うところでの結果。
今でもそこをついてくることが、嬉しい。
また相当反感買うだろう。
自分でなにかを生み出す人つくってる人表現してる人ならより、NIGOが書いてたようにかなりやる気になれるし勇気をもらえるはず。


公開前のあのプロモーション方法は、ずるいと思った。
かなりずるい。
あの格好で、いろんな番組やらに出てたヤツ。
あの感じを知ってて観ると、完全にもってかれる。
ガッツリと。
そうかー。あそこからもう、この映画しんぼるっていうプロジェクトは始まっていたんだな。
ネットはよほど興味のある人用だから、それは抜きとして。
前フリをあーいうふうにしておけば、観る側はおそらくこう考えてこういった感じで観にくる。
そこで、
導入部はあーして、
あーいったパートでテレビしか知らない人達はある程度納得するだろう。
でもそれだと昔から知ってる人には物足りない。
で、あんなのやこんなのを入れといてソレもOK。
あのあたりまでのリズムは割と単調だったよな。
それで、あそこで一気にあーしたのか。
うわー。うまいなー。
そこから、そっちに行き過ぎないようにあのあたりでセーブして。
ただ、
いつもの松っちゃんならそのあたりまでにしておくはず。ビジュアルバムはそうだった。
のに、あれをやられたから、
すげー。すげー。になったんだよな。
完全に突き抜けたなー。
だからこその、観終わっての爽快感。スッキリしたんだろうな。
と、この映画をおもしろいと思えてよかった。
今のところは歪まずに居られてるみたいだ。
よかった。よかった。
と。

プラス、
松本人志名義のは、たぶん、チーム松本なんだろうな。
松っちゃんは、チーム内での自分の役割をやってる、ってことなんだろう。
ということは、
なおさら、ダウンタウンを浜ちゃんを大切に思ってんじゃん。
そっか。そっか。いいねー。
とも。

2009年09月21日 18:21の記事です

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